上映会:奥会津の木地師

日本列島には、近年まで移動性の生活をする人々が活躍していた。山から山へ移動して椀などの木地物を作る木地師も、そのなかにあった。

これは、昭和初期まで福島県南部の山間地で盛んに移動性の活動をしていた木地師の家族、小椋藤八さん、星平四郎さん、星千代世さん、湯田文子さんによる、当時の生活と技術の再現記録である。作品4「うつわ―食器の文化」の制作過程での藤八さんたちとの出会いから生まれた。

この地域はブナを中心にした落葉広葉樹林帯である。藤八さんたちは、ブナを材料とした椀を作っていた。
まず木地屋敷を作る。屋根も壁も笹で葺く、掘立て造りである。家の中には、囲炉裏のある座敷とフイゴやロクロ台などを置く広い土間がある。屋敷ができあがると山の神を祀り、フイゴまつりをする。山の神まつりで藤八さんが唱えた唱え言は、古代のタマフリではないかとみる人もある。谷から水も引いてきた。

椀作りが始まる。男たちは、山へ入りブナを倒し、伐り株に笹を立てて神に祈る。そして、その場で椀の荒型を作る。倒したブナに切り込みを入れて山型を作り、マガリヨキでそれをはつり起こしていく。女たちが荒型を木地屋敷に運び、椀の外側を削って整形するカタブチ作業、中を刳るナカグリ作業と続ける。男たちが、手引きロクロで椀に仕上げていく。
できあがった椀は馬の背で町へ運ばれていく。

人の力で回される手引きロクロは、奈良時代に大陸から導入されたものだという。藤八さんたちは移動性生活をやめ、手引きロクロの作業もしなくなってすでに50年余りたっていた。しかし藤八さんたちの身体には、千年を越す技術の伝統が見事に息づいていたのであった。
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