SAWAKAMI ARCHIVES
Documentary FILM

水と砂糖と
パイワン族と

台湾南部を実り豊かな農地に変えた
鳥居信平の物語

文部科学省選定作品

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Story

日本統治時代、南台湾の山奥で原住民族パイワン族と力を合わせ、環境型地下ダムを築いた男がいた

台湾の山奥に眠る、日本人技術者の夢と、先住民族パイワン族の力が生み出した奇跡の水利施設、2つの地下ダム。 これらのダムを設計し灌漑計画を実現に導いたのは、日本人技術者・鳥居信平(とりい のぶへい)。鳥居は険しい山奥に分け入り、 水の在り処を探し続けました。そこは、一般人の立ち入りが禁じられ、当時"危険"とされたパイワン族の生活圏。 しかし、鳥居は彼らとの対話を重ね、信頼を築き、ついには地下ダムの建設に協力を得ることに成功します。

「台湾南部には信平の胸像がいくつもあり、
現地の人々が今も彼を大切に思っていることがよく分かります。」

電力を使わず、自然環境を壊さず、地下に眠る伏流水を農地に送り続けるこの画期的なシステムは、今なお南台湾の人々の生活を支えています。 そして、世界的に水不足が深刻化する現代において、この持続可能な水利施設が研究者たちに注目されています。 鳥居信平の技術者魂と、パイワン族の力によって築かれた、2つの地下ダム誕生の物語です。

Digest Video

水が繋ぐ、過去と未来の物語

SAWAKAMI ARCHIVES PROJECT作品

DVD「水と砂糖とパイワン族と」

台湾南部を実り豊かな農地に変えた鳥居信平の物語

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Nobuhei Torii

鳥居 信平

1883 — 1946

明治16年(1883年)1月6日、静岡県周智郡上山梨村(現在の袋井市)に農家の三男として生まれる。金沢の四高を経て東京帝国大学農科大学へ進学。

卒業後は農商務省、徳島県庁を経て、恩師・上野英三郎の推挙により台湾製糖株式会社の技師として台湾へ渡る。

台湾製糖では水利技師として地下ダムや灌漑設備を建設し、サトウキビの増産ならびに現地住民の生活向上に貢献。昭和11年(1936年)、農業土木分野として初となる日本農学賞を受賞した。

地下堰堤「二峰圳」「力里渓水圳」は百年経った今なお現役で稼働し続けている。

Biography

鳥居信平 年譜

1883
明治16
誕生

1月、静岡県周智郡上山梨村(現在の袋井市)に生まれる

1895
明治28

日清戦争が終結し、台湾が日本領となる

1901
明治34

金沢の旧制第四高等学校(四高)に入学

1905
明治38

東京帝国大学農科大学に入学

1908
明治41

大学を卒業。農商務省に就職し、耕地整理を担当する技師となる

1914
大正3
渡台

恩師・上野英三郎の推挙により台湾製糖に農事部技師として台湾へ渡る

1919
大正8

台湾南部、屏東県の農場予定地にて水利開発基本計画を立案

1921
大正10
着工

地下堰堤「二峰圳」の建設に着手

1923
大正12
竣工

地下堰堤「二峰圳」完成。萬隆農場開設

1926
大正15

地下堰堤「力里渓水圳」完成。大呴営農場開設

1936
昭和11
受賞

農業土木分野として初の日本農学賞を受賞

1938
昭和13

眼病のため代表取締役及び常務取締役を辞任し、帰国

1946
昭和21
逝去

2月、脳溢血のため死去

Locations

物語の舞台

01

屏東県 來義郷

二峰圳が刻まれた山奥の地。パイワン族と信平が共に汗を流した、物語の核心地。

02

二峰圳(地下堰堤)

地下7.27mを流れる伏流水。大正12年の竣工から百年を超えてなお稼働する奇跡の水利施設。

03

静岡県袋井市

鳥居信平が生まれ育ったふるさと。東海道の“どまん中”に位置する静岡県袋井市は、今もその記憶と足跡を伝えています。

Paiwan

パイワン族とは

パイワン族は、台湾原住民族のひとつで、主に南台湾の山岳地帯に暮らす民族です。独自の言語や文化を持ち、伝統的な工芸や歌舞にも優れています。かつては階級制度を持ち、貴族層が社会を統治していました。

鳥居信平の地下ダム建設では、パイワン族が重要な役割を果たしました。彼らの協力なしには、この偉業は成し遂げられなかったのです。現在も、その土地で暮らすパイワン族の人々は、地下ダムとともに先祖の歴史を受け継いでいます。

出典:台湾原住民族との交流会

パイワン
Paiwan
Voices

推薦コメント

タイトルに「水」「砂糖」「パイワン族」という3つのキーワードが含まれていることから、これは単なる鳥居信平に関するドキュメンタリーではありません。台湾における糖業の発展史や、パイワン族の生活・文化の歴史、さらに「水」というテーマでは伏流水の利用という技術的課題についても触れられています。

これらのテーマはそれぞれが非常に大きなものですが、それらを一つにまとめ、約40分という短い時間の中でまとめている点は、非常に優れた出来映えだと思われます。また、二峰圳の技術を応用した丁教授のプロジェクトが、屏東県や台湾の将来につながるという結びは、とても印象的でした。

地球温暖化によって世界的に降雨量の変動が大きくなっていますが、地上環境に影響を与えない伏流水の利用が、その解決策のひとつとなることを願っています。

鳥居 徹 氏
東京大学名誉教授 / 鳥居信平氏の御令孫

受邀參與本片製作,得以重溫鳥居信平技師於南台灣屏東的水利灌溉工程創舉,深感敬佩。影片生動呈現百年前,他利用地形及地貌與伏流水所在的地質土壤,設計無需動力的地下堰堤與引水系統,灌溉原住民區與平原農田;不僅提升砂糖、稻米品質,亦改變排灣族部落生活方式,體現「水為大眾,共享而用」的智慧。當今全球水資源緊張,技師規劃設計的灌溉工程,不只是珍貴的文化遺產,更為當代水利資源工程模範。地下集水廊道、分水工、側向溢流堰等設計雖簡約,功能卻完善,值得借鏡。對我地下水人工補注,實踐「洪水資源化」之研究團隊而言,本紀錄片猶如良方:以地形考量、師法自然,重新審視「無為而治、以節制取勝」的永續韌性為原則,並結合現代科技,符合ESG,達成2050年淨零排放,為降雨豐枯不均地區,提供新思維。

丁 澈士 氏
屏東科技大学 教授
Director's Note

制 作 の 背 景

鳥居信平を知ったのは、平野久美子著『水の奇跡を呼んだ男』との出会いがきっかけでした。台湾で今も敬愛される土木技師・八田與一のアニメ映画制作に携わった際、私はたびたび台湾を訪れ、日本時代の土木・産業遺産が両国の親善交流の礎になっていることに深い感銘を受けました。そうした背景から、近くて遠い日本と台湾の距離を埋める新たな物語を探していたのです。

南台湾の奥地に原住民族パイワン族と日本人技師が力を合わせて築いた地下ダムがあると知り、取材を開始。來義郷へ向かう交通手段がなく困っていた私を助けてくれたのが、屏東科技大学の丁澈士教授でした。教授に案内され四駆車で山奥へ向かうと、そこには大きな石が転がる枯れた川が広がっていました。

その光景を見て落胆しましたが、二峰圳を管理する進水塔に入り地下7.27mを静かに流れる伏流水を見た瞬間、大正12年の竣工から続く悠久の時に思いを馳せ、深い感動を覚えました。台湾南部には信平の胸像がいくつもあり、現地の人々が今も彼を大切に思っていることがよく分かります。そのことを日本人に広く伝えたいという思いが、この作品を制作した動機です。

ロケは2019年10月から2020年1月にかけて行いましたが、その直後に新型コロナウイルスの影響で制作が中断。長い間棚上げになっていた本作が、このたび一般財団法人さわかみ財団によってDVD化されました。

監督 池田 圭佑
一般財団法人さわかみ財団 presents
水と砂糖と
パイワン族と

台湾南部を実り豊かな農地に変えた 鳥居信平の物語